コラム

「富士通を退職した話」を読んで、居ても立っても居られず記事にしました。

はじめに

富士通を退職した話」が、はてな匿名ダイアリーに投稿されていました。実に素晴らしい選択をされたと個人的には思います。というのも、この反発心、過去の自分によく似ていたからです。届くかどうかわかりませんが、エールを込めて、メッセージを送りたいと思います。

富士通さんが9割、ご本人が1割責任があると思います

富士通さんの責任

個人的な見解ですが、この件に関しては、富士通さんの人事に心が通っていなかったことが、最もよくなかったことだと思います。入社前に本人の意向は少なくとも聞いているわけですので、その思いに会社がどこまで応えてあげられるのか、もっと積極的に伝えるべきだったと思います。開発部門を志望して入社したという動機には、ご本人が一本貫いてきた夢や、それまでスポンサーとして支えてくれた家族に対する恩義が、いっぱい詰まっていたと思います。ただ、経営上、どうしても本人の希望だけを尊重することができないこともまた事実です。だからこそ、入社時の思いを翻意にせざるを得ないことを、客観的な事実を基に伝えることや、開発部門の方にインタビューできる機会を作って、本気度を確かめることなど、もっとできることはあったのではないかと思います。特に技術系は専門性が深く、似た領域であってもお互いのことを心底理解することは大変難しいものです。だからこその人事部だと思うわけです。今後、本当に来て欲しい優秀な人材が、キャリアリスクを恐れて、他企業に流れていくことも懸念されます。今は、一人のつぶやきが世界を動かすこともある時代です。技術立国を支える代表企業であられるからこそ、規範となるように、一人一人を尊重できる体制を整えて頂ければと個人的には思います。

ご本人さんの責任

ご本人さん、おそらく一つだけ足りなかったものがあると思います。それは実力です。情報系でしたら、Web系プラットフォームを使って、相手を納得させるような開発がいくらでもできる時代です。望むキャリアを手に入れる覚悟があれば、お小遣いでVPSを借り、何か作って、メールでアタックという手段もあったはずです。環境は良くなかったと思いますが、もう少しジタバタしても良かったのではないかと思います。

自身の経験から思うこと

私自身、10年前「機械の上にソフトウェアが載る時代が来る」と考え、大学時代に機械、大学院時代に情報を専攻していました。当時は珍しかったとは思いますが、ありがたくも2社ほど企業から勧誘もありました。結局、お誘いとは別の企業に入社したのですが、開発部門の希望叶わず、情報システム部門で粛々とパソコンの修理をしていました。(実際、私の実力を知る方からは、かわいそうだという声もかなり頂きました。)しかし一方で、定時就労後、自主的に朝2時くらいまで研究する日々を2年ほど続けていました。どうしても開発部門へ移りたかったからです。その結果、開発部門への転属の道は開けてきたのですが、古い慣習の残る組織の意思決定にあまりにも時間がかかり過ぎ、このまま人生を消耗するわけにいかないと思い、転職を選びました。私の場合は、転職はだいぶ苦しみました。なぜなら、希望する職業に必要なキャリアがなかったからです。結局、一旦はIT職での転職を受け入れ、そこからキャリアチェンジをすることを考え、自分の夢は副業で事業を起こして、成功させるという結論に落ち着きました。そして今は、本業も副業も開発・研究をするポジションに到達し、夢、あるいはそれ以上のことが叶っているという実感があります。私自身の経験からすれば、思いが10年経っても継続する本物であれば、富士通さんに我慢して勤めるよりも、ずっと生き生きとした生き方ができると思います。

まとめ

退職されたご本人さんには、富士通さんに「逃がした魚はデカかった。」と言わしめるだけの大物になって頂ければと思います。また、富士通さんは「ただの例外です。」と社会から認知される魅力をどんどんと発信して頂ける企業として輝き続けて頂ければと思います。

心に生きる。
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コンサル白書
現役の経営コンサルタント(中小企業診断士)として2010年に独立しました。診断士試験は、独学でE判定から1週間で合格しました。
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