コラム

歴史に学ぶべきことは恨みや悲しみでなく本質

はじめに

歴史を学ぶことの重要性はよく言われます。では、歴史で何を学ぶことが重要でしょうか?歴史は社会現象の本質を学ぶことが重要です。ここでは、歴史に学ぶべきことは恨みや悲しみではなく本質であるということについてお話します。

真実は1つでも捉え方は人の数

例えば、巨人vs阪神戦があったとして、阪神が10対0で勝利を収めたとします。このときに、巨人ファンは大いに悲しみますし、阪神ファンは大いに喜びます。真実は1つでも捉え方は人それぞれであることの事例です。歴史においてもこの視点が大事であり、真実は1つでも捉え方は人の数だけあることは重要な前提であることを忘れてはいけません。

確かな証拠が残っているとは限らない

過去の歴史的事実は変わりようがありません。しかし解釈が変わることがあります。鎌倉幕府のはじまりが1192年という解釈から1185年という解釈に変わったことは、有名な事例です。歴史はそれだけ曖昧な部分が多く含んでいるという前提も忘れてはいけません。

正しい歴史認識などできない

捉え方が十人十色であり、曖昧な論拠ばかりの歴史において、正しい認識というものはそもそも成り立たないのではないかというのが、筆者の考えです。現在のように映像を残せる時代においても、意図的な編集を施すことができるわけです。W杯のように絶対的多数の当事者が参加しているものですら、疑惑の判定が存在してしまうのです。正しい歴史認識なんかないと筆者は思います。

恨みや悲しみを引き継いではならない

日本は原爆を投下されました。悲しい出来事です。しかし、その思いを引き継ぐ必要はありません。引き継ぐべきことは、原爆は全てを破壊するという本質だけです。恨みや悲しみを、当事者ではない純粋無垢な次世代に引き継ぐ必要はありません。時代はその時代に生きている者たちが築くものです。恨みや悲しみなどの重い荷物を引き継ぐことは、子や孫にとっても大変迷惑な話です。

東アジアの平和を

最近、自国の歴史を論拠に主張をする稚拙な論争がメディアを通じて見る機会が増えてきました。歴史というものはそれぞれの国、それぞれの人が勝手に解釈していいと筆者は思っています。しかし、それを理由に他国や他人に干渉することはマナー違反だとも思います。そして、歴史が原因で衝突が起こることほど愚かなものはありません。未来を残してくれた先人に報いるためには、建設的な未来を築くことにもっと力を発揮すべきです。

まとめ

歴史は繰り返されるという言葉がありますが、筆者はこの言葉に疑問を持っています。それは、歴史が繰り返されるのは恨みや悲しみによるところが多いと考えられるからです。21世紀になり人類における地球の大きさは小さくなってきました。距離感が狭まっている時代であるからこそ、歴史から学んだ本質で、いい時代を築いていければと思います。

歴史に相互理解は不要。本質を学ぶ。
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コンサル白書
現役の経営コンサルタント(中小企業診断士)として2010年に独立しました。診断士試験は、独学でE判定から1週間で合格しました。
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