三洋電機終焉の予兆を10年前に感じた話

はじめに

「こんな会社に行きたくない。」そう思ったのは、筆者が10年前、就職活動で会社説明会に参加した時のことでした。当時は就職氷河期で、筆者自身も大変苦しんでいました。可能性があれば積極的に応募する、いわば「買い手市場」の時代の中で、筆者が会社説明会で見切りをつけた唯一ともいうべき会社が三洋電機でした。あくまで筆者の主観的な視点ではございますが、なぜ三洋電機が凋落したのかについて、就職活動の時代を思い出しながら、お話していきたいと思います。

ユニークな発想に憧れて

筆者は技術者出身で、小さな頃から三洋電機のユニークな発想に心を何度も奪われてきました。なので、もしチャンスが少しでもあるようでしたら、ぜひ三洋電機を受けてみたいとずっと憧れていました。そして、就職活動する年齢となり、迷わず三洋電機を受けようと思いました。当時、筆者は田舎に住んでおり、三洋電機の会社説明会に行くためには交通費と宿泊費だけで2〜3万円程度かかりました。理系出身者ならご理解頂けるかと思いますが、学生でもアルバイトに時間を割く時間はなかったため、この2〜3万円は金銭的に大きな負担でした。それでも、憧れの企業でしたので前泊していくことに決めました。翌朝、説明会当日、初めての街でしたので、遅刻しないように出発しました。思い入れもあったためか一番乗りでした。時間となり、会場に入り、いよいよ説明会の時間。このときは、ワクワクしながら待っていたことを今でも強く記憶しております。

会社説明会での落胆

会社説明会は、会社概要、各事業部の説明といった形でつつがなく進んでいきました。筆者自身も、どの部署なら貢献できるのか、真剣に考えながら拝聴していました。そして、電池事業部のお話が始まりました。しかし、ここで非常に大きな落胆を感じることになりました。それは、プレゼンターが物凄い横柄だったからです。内容はご存知eneloopのことです。確かにすごい技術であることは間違いありません。ただ、その革新的な技術の話はなく、電池事業の順風満帆ぶりを鼻にかけ、他者をコテンパンに揶揄する内容でした。尚、この他者というのは、他社ではなく、自社内の他部門であったり、私たちのような新人です。何もしていないのに怒られた気分になる、最低のプレゼンテーションでした。「彼が人前に立つような企業は潰れる。」そんな直感がありました。

組織が駆動しない会社

当時、筆者は経営に対しての知識は全くありませんでした。ただ、技術には栄枯盛衰があることや、倫理観の伴わない技術は凶器であることはよく理解していました。また、電池事業部の収益だけでは会社全体を支えることはできないであろうことは、なんとなく予想がついていました。なので、良いノウハウを組織に伝播させていく必要があると思ったのですが、その未来像を描くことができませんでした。帰り際、いくつかの部門担当者の方に、開発された技術がどのように社会のために役立つのか伺ってみたのですが、明快な回答は得られませんでした。応募を断念することに決め、説明会を途中で切り上げました。おそらく誰よりも早く会場を後にしたと思います。

回顧

当時、三洋電機に幻滅し、帰りの電車では物凄く落ち込みましたが、10年経った今振り返ってみますと、実に賢明な判断だったと思います。(仮に応募したとしても、書類選考の段階でふるいにかけられるか、企業文化が合わずに面接で落ちていたとも思います。)実は、三洋電機はこの会社説明会の時期あたりから、多角化経営の失敗が続き、パナソニックへの吸収という末路を辿っていきます。あのプレゼンテーションは、プレゼンターの資質の問題であったか、そうせざるを得ないほど組織が腐っていたのかは今でも判断がつきません。

まとめ

三洋電機の終焉は、個人的に本当に残念ではあります。従業員の方々のことを思うと居たたまれません。現在、経営コンサルタントの一人として思うことは、画期的なアイデアはきちんと汲み取って大いに賞賛すべきであり、賞賛される側も実現から波及への道筋を辿るために、周囲の協力を得られるように導くことが大切だということです。倫理観や尊厳を持つことで光り輝く技術は、まだまだたくさん眠っていると筆者は思います。

尊敬なき組織は終焉へ向かう。